2016年05月28日

身も蓋もない単純アトピー克服法

アトピー克服法は簡単に言ってしまえば

「米、小麦、卵、牛乳、植物油を食べるな」の一言に尽きる。

臨床経験の中で上記食材がアトピーの五大原因であると喝破されたのは下関市立中央病院の永田良隆先生である。彼の著書「油を断てばアトピーはここまで治る」で書かれていることを基礎に、自分なりに食事を変えることで重度アトピーから脱却できた。いくら感謝してもしきれない。

先生はご著書の中で、上記食材を永遠に避ける必要はなく、肌の炎症が回復した後は、徐々に食べられるようになると主張されている。私も上記食材を完全に避けると栄養が偏った食事になってしまうので、各自、自分に合った方法で上記食材の摂取許容量を見極めることが大事だと思っていた。

しかし上記食材に注意を払って食事をするようになって数年が経過した今、上記食材はできる限り摂取しない方がよいのではないかと考えるようになってきている。というのも、上記食材を少量ながら摂取を続けると半年ほどのスパンをおいてアトピーが再発するのだ。そして上記食材を完全に断てば、アトピーはまた綺麗に治る。この経験を何度か繰り返して思うのは、上記食材は日々の摂取量に関係なくその毒性は蓄積するのではないかということだ。日を開けて摂取しようと、少量摂取しようと関係なく、体内に毒性が蓄積し、その蓄積が許容量を超えるとアトピーとして皮膚から排出現象が起こる。そうとしか考えられない経験をしてきた。

ここからはあくまで仮説になるが、人間はそもそも米や小麦を消化できるようにはできていないのではないか。消化器官の形状からみて人間は基本的に肉食である。おそらく魚介類を中心とした肉食が本来の姿だ。だが魚介類を豊富に獲得できる環境は限られており、非常食として穀物や家畜に頼る生活が確立していく。その中で例外的に腸内細菌の力を借りて高い穀物消化能力を獲得した人々が社会的強者となり、子孫を残していく。そしていつの間にか穀物を主体とした食文化が優勢となってしまったと考える。山幸彦(弟)が海幸彦(兄)を従えたように・・・。

穀物消化のために徐々に進化してきた人間の腸内環境はどうやら母体を通じて子孫に伝達されるらしい。出産の際に産道を通るとき、産道に存在する腸内に似た多様性をもったバクテリアのシャワーを赤ん坊は浴びせられる。産道を出ておぎゃあとはじめて泣き叫んだ瞬間から胃酸が出始め、数々の免疫機構が侵入する異物を排除し始める。そのため体内に有益なバクテリアを仕込むチャンスは産道を通る瞬間しかない。近年、日本の子供は4人に1人が帝王切開で生まれる。彼らはこのバクテリアのシャワーを浴びる機会を逸したまま生まれてきてしまうのだ。加えてウイルス性の風邪に対しても意味なく抗生物質の投与が盛んに行われてきた環境が日本にはあり、絶妙に選りすぐられた腸内細菌は容易に殺戮される。かつ消化困難な米、小麦を毎日これでもかと摂取できる食環境が我々を被う。

アトピーをはじめ様々なアレルギー疾患が増えて当然である。

整理しよう(あくまで仮説です)。そもそもここ数千年の食文化が消化器官の形状からして適したものではない上に、そのズレをなんとか補完してきた腸内細菌群を帝王切開によって母体から受け継ぐことを遮断し、抗生物質の不必要な投与によって、わずかに存在する腸内細菌群の多様性に追い打ちをかける。さらには豊かさが増すことで消化困難な穀物を大量に常食し、不適切な食文化にブーストをかける。ジ・エンドだ(笑)。

よくアトピー克服には腸内環境の改善が大事という言説をよく効く。企業も乳酸菌をはじめ怪しげな健康食品を腸を整えるとかいって次々に販売している。だが、経験から言って究極的にはアトピー克服に腸内環境はどうでもいい!!上記食材を完全に断てば寝冷えで下痢しようと便秘気味になろうとアトピーは悪化しない。自分は帝王切開で生まれ、子供のころ不必要に抗生物質の投与を受けたが、上記食材を断つことでアトピーは克服できた。腸内環境の改善でアトピーがよくなったように感じるのは、あくまで米や小麦の消化能力が多少改善した結果であろう。いかに腸内を整えようとも、消化困難な米、小麦を常食していればアトピーは根本的には治らないのだ。

よく噛む必要もない。よく噛んで食べるということがアトピーのみならず健康増進によいと叫ばれているが、よく考えるとおかしい。人間以外の野生動物でよく噛んで食事している動物がどこにいる。食は短時間で済ませるのが厳しい生存競争を勝ち抜く絶対条件である。よく噛んで食べないと健康を維持できないということは、つまり消化器官にマッチした食生活をおくっていない証ではないか。消化器官では本来消化できるようになっていない食材だからこそよく噛む必要があるのだ。米や小麦は本来人間の食べるべき食材ではない。例外的非常食だ。だからよく噛んで食べなければ健康を害するのだ。

米、小麦をきちんと消化できる人というのはあくまで例外であり、腸内環境が絶妙なバランスの上で成り立っているヤジロベー的存在であり奇跡なのだ。アトピーはこのヤジロベー的バランスが崩れていることを示す証拠であり、すでに例外的な奇跡の人ではなくなったという悲しいお知らせなのかもしれない。現代の食文化の中で上記食材を断つというのは受け入れられないことかもしれないが、あの痒みの日々よりまったくマシだ。覚悟を決めよう。何のことはない。奇跡の人(山幸彦)から普通の人(海幸彦)に戻るだけである。普通の人のくせに奇跡の人の食事を続けていれば、いずれ命に関わる重大疾患に罹患するのがオチである。

腸内環境の改善に日々努力したり、生活リズムに気を配ったり、ダニや風呂やシャワーの水といった外部環境の改善にカネをかけたり、高価な化粧品や漢方の軟膏に大金をはたいたり、無農薬オーガニック野菜をネットで購入したりすることはアトピー克服に一切不要だ。

「米、小麦、卵、牛乳、植物油を食べるな!」これで十分である。

次いで「青魚を毎日食べよう」を加えれば鉄壁だ。

※ちなみになぜ卵、牛乳が消化困難で食べてはいけないのかについての仮説は下記記事を参照してください。トンデモ論を披歴しております(笑)。

・米、小麦こそガンの主要因!?
http://judgethinkwill.seesaa.net/article/424653315.html

※植物油とアトピーに関しては脂質バランスの問題であり、当ブログのあちこちで記述しておりますので、よろしくご参照ください。





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【アトピーの原因と対策の最新記事】
posted by あれるげん at 14:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | アトピーの原因と対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月23日

米、小麦こそガンの主要因!?

日本人の二人に一人はガンになり、三人に一人はガンで死ぬという。圧倒的なガン罹患率だ。長寿国になったのだから当然の結果で仕方のないこととして捉えがちだが、話はそう単純ではないらしい。

文明化の影響で長寿を享受しているのは人間だけではない。人間に飼育されている家畜やペットも長寿を享受している。飼主から好き勝手に怪しげな餌を与えられているペットたちは別として、きめ細やかな管理飼育によって長寿を享受している動物園の生き物たちのガン罹患率はかなり低い。人間に遺伝的に最も近いといわれているチンパンジーがガンで死亡する確率はわずか二パーセントである。三人に一人はガンで死ぬ日本人との差は圧倒的だ。

なぜ人間のガン罹患率は圧倒的に高いのか。最も有力な説は脳の発達に原因を求める。脳は脂肪の塊だ。脳は無数の神経ネットワークを組んだ一種の電気回路であるが、この回路を正常に働かせるために、神経回路をきちんと丁寧に絶縁体で保護してやらなければ情報の混線を起こす。その絶縁体として脂肪が使われているので、脳は脂肪の塊なのだ。人間は脳が発達する過程で、大量の脂肪が必要となり、脂肪酸の体内合成能力を高めていった。他の生き物のより人間は脂肪酸合成能力が格段に高い。これが発ガン率を高めているという。

動物の細胞膜はリン脂質でできている。だから脂肪酸がなければ新しい細胞膜は作れず、細胞分裂できない。一般に動物は食事で脂肪酸を摂取しなければ細胞分裂に支障をきたすのだが、人間は脂肪酸合成能力が高いので、脂肪酸を摂取しなくても、主に糖から脂肪酸を合成して容易に細胞分裂が可能である。体外から脂肪酸を摂取しなければ細胞分裂できない生物と摂取しなくても細胞分裂できる生物。どちらが分裂バカたるガン細胞にとって居心地がよいかは自明である。事実、ガン細胞は酸素を用いたエネルギー産出が容易な環境においても、脂肪酸合成を担う酸素不要で非効率な解糖系エネルギー産出が異様に活発なのだ(ワールブルグ効果)。この脂肪酸合成能力原因説を基にして、脂肪酸合成阻害薬(FAS)が抗がん剤として研究開発されているが、なかなか副作用もひどいらしく実用化はされていない。

ただ、上記の説が正しいのならば、脂肪酸の摂取を質・量ともに必要最小限に抑えて、かつ糖質制限をするといった食事療法がガン抑制効果をあげそうである。しかし、そういった厳格な食事療法が効果的だったという確かな研究データはいまだ出ていない。

他に考えられる理由はないか。アトピー罹患経験者の我田引水的素人論(笑)として、遅発型アレルギー四大原因「米、小麦、卵、牛乳」を常食する食習慣こそ、人間のガン罹患率を圧倒的に高めている犯人ではないかと考える。キーワードは「若さ」だ。

経験からアトピーの原因は「植物油脂の摂取過多による脂肪酸バランスの悪化」と「食物のタンパク質消化不良による遅発型アレルギー」の併存にあることは間違いないと思う。特に食物のタンパク質消化不良による遅発型アレルギーは米、小麦、卵、牛乳で起こりやすい。本来、食物に含まれるたんぱく質は消化でアミノ酸が二つ三つ繋がったジペプチドやトリペプチドにまで分解されて食材の生命情報を破壊してから体内に吸収される。しかし、なぜか上記食材は消化不良を起こしやすく、そのたんぱく質を十分に分解できず、食材の生命情報を残したまま、ポリペプチドとして取り込んでしまう。それに免疫が反応してアレルギー症状として肌の慢性湿疹つまりアトピーを引き起こす。そもそもポリペプチドとは多数のアミノ酸がペプチド結合した非常に大きな構造体である。これが腸壁の小さな穴をすり抜けて体内に入り込むなんてことは、専門家の間でも意外だったらしく、この事実が認められてまだ十年ちょっとしか経っていないらしい。なぜ他者の生命情報が体内に入り込んでしまうような隙が腸壁にできてしまうのか。これもはっきりとした理由は分かっていないが、もしかしたら、そのような隙はそもそもデフォルトの仕組みとして人間に備わっているのではなかろうか。

そう考えるきっかけを与えてくれたのは、強引な解釈で有料ドキュメンタリー番組を創ってしまうで有名な、牽強付会マユツバ放送局NHK(笑)で放送された「生命大躍進」シリーズだ。放送を録画せず一回見たきりなので、細かいことは記憶が定かでないけれど、驚くべき生物進化物語をこの番組は披露していた。なんと太古の海中において、動物の目を構成するたんぱく質の部品設計図は、はじめ植物が光センサーとして開発に成功し、それがひょんなことから種を超えて動物に伝達されたものだという。つまり生物のたんぱく質アミノ酸配列アイデアは同種の生殖という方法以外でも、種を超えて交換しうるものなのだ。もしかしたら生物の進化は、偶然の産物というより、種を超えてたんぱく質の設計アイデアを交換することで遺伝情報にパラダイム転換を起こすことによって意図的に成し遂げられてきたのかもしれない。よく豚ばかり食べていると顔が豚に似てくるなんて言われるが、マクロではあり得なくとも、ミクロレベルでは十分に起きうることらしい。

人間も進化のために、種の違う生物のたんぱく質情報に接触し、自分の中でそれを試す可塑性を残している。そう判断するならば、人間の腸は消化不良なポリペプチドを取り込む余地をわざと残していると考えられなくもない。だが、これは自己の情報と混同をおこす危険なかけである。仮に試した情報が自己情報と親和性を発揮したり、少なくとも悪さを発揮しなければ問題ない。しかし怪しげなコンピュータウイルスをダウンロードしてしまったパソコンのように核となるプログラムの機能不全を招いた場合は悲惨である。特に抑制された細胞分裂のリミッターを解除する方向に働いた場合はガン化を容易に招くだろう。

「米、小麦、卵、牛乳」のような遅発型アレルギーを招くポリペプチドの情報を種を超えて人間がお試ししたらどうなるだろう。米、小麦、卵は生物のはじまりの細胞である胚そのものだし、牛乳は子牛を爆発的に成長させるためのたんぱく源だ。どちらもすさまじい細胞分裂を可能とする「若さ」を備えた情報を含んでいる。下手に自己の情報と結合すると、本来するべきでない細胞分裂スイッチを不用意に押してしまう危険を多分に含んでいるのではないか。おそらくこれらのポリペプチドをいつまでも体内に遊弋させていては危険が増すばかりで、進化を引き出すパラダイム転換などという夢に賭けている場合ではない。アトピー罹患者の体内ではこの危険に対して非常に敏感で、免疫をフル稼働させてこれらのポリペプチドを体外に排出しようとしている。その結果が肌の慢性湿疹なのではなかろうか。

現代人は「米、小麦、卵、牛乳」のような活発に活動する若さを備えた生物を気楽に常食しすぎていると思う。生き物を食べるということは、その生物の生命情報と自己の生命情報が接触するリスクと可能性を負うということであり、情報の生存と革命を賭けた闘争と実験の場なのだ。だからこそ、接触する情報はできるだけ完成された成体の情報がよいに違いない。細胞分裂のリミッターを解除しうる情報と接触する危険は限りなく低くなるであろうから。生物の胚や子供をさけ、成長しきった成体を常食する。それが自己情報のガン化を防ぐ要点なのではないか。アトピーはそれを教えてくれているように感じる。

我ながらトンデモ論だなとは思うけれど、米や小麦などを食べられない身としては、そうとでも考えないとやってられないのだ(笑)。
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posted by あれるげん at 11:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | アレルギー対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

安全保障関連法案についての私見

本日16日、安全保障関連法案が衆議院本会議で可決された。衆議院においては、存立危機事態における集団的自衛権行使を容認した武力攻撃事態法の合憲性や、自衛概念の範囲を拡大する重要影響事態法の合憲性、さらには自衛隊の国際平和活動への参加手続きに必要な法律を特措法から恒久法へと衣替えする新法(国際平和支援法)によって自衛隊に危険な任務が増えることへの懸念や、国際平和活動中における駆け付け警護を可能としたPKO協力法により国家としての意思とは別個に日本が戦争に巻き込まれるリスクなどが議論された。

ただ、安全保障関連法案は10の改正法案と一つの新法法案の成立を一括して求めるものであるから、核となる法案だけでなく、それと連動する法案との整合性が本当にとれているのか考える必要がある。衆議院から漏れ聞こえてくる議論からそれは見えてこない。米軍等行動関連措置法や特定公共施設利用法、海上輸送規制法に加えて捕虜取扱い法、船舶検査活動法。これらの法案の中に省庁間の縄張り争いが隠れていて、利権の温床に繋がることはないのだろうか。自衛隊の適切な活動を阻害する仕組みが隠れていないか。合憲か違憲か議論することも大事だが、法の枝葉末節にこそ権力は宿る。良識の府を自称する参議院では、是非そちらの論点を丁寧についてもらいたいのだけれど、現実は合憲か違憲か論で花ざかりになりそうである。

憲法違反か否かの議論は大事なのだが、国会やメディアでの議論はあまりにかみ合わせが悪い。自民党は合憲を主張するのであるが、根拠として砂川判決を持ち出すのはよいとしても、その使い方があまりにおかしい。高村正彦副総裁が音頭をとった論理のようだが、同判決の文言から合憲論を展開しているのはトンデモ論である。砂川判決の要点は、高度に政治的な立法について、司法府が持つ違憲立法審査権は守備範囲外だと主張した点にある。つまり高度に政治的な事柄について定めた法律の合憲性の判断権限は司法府ではなく立法府と行政府にあると宣言したに等しい。誤解を恐れずいえば、安全保障関連法案の合憲性判断権限は実質として政権与党にあるといっているのだ。砂川判決を持ち出すのであるなら、圧倒的多数の議席をもつ自民党が合憲と言っているのだから、合憲である、違憲だと思うならば選挙で政権をとってみろというべきである。

一方で民主党もおかしい。それぞれの信じる思想を背景に憲法違反だと主張するのは自由である。しかし立憲主義を破壊するという論はいただけない。立憲主義の歴史的背景は、政治学者のロバート=ダールが密かに自慢するように、北海を拠点にヨーロッパを席巻したバイキングのバイキング船運用の実践から生まれた。バイキング船は奴隷ではなく平等な自由民が漕ぎ手であり、かつ戦闘員だ。だが大海を航行する船の内部で自由な意見に基づく議論などやっていては危なっかしくてとても生きてはいけない。強力な規範が船の運用には必要である。困難な状況でも不平を言わず一人ひとりが機械のように役割を果たす仕組みが必要だ。だが一方で自由な個人としての尊厳は保持したい。そこでこれだけは絶対に侵してはいけない自由権を定め、それを侵害する法規は認めないが、それ以外の法規には従順に従うと契約することで、生死をさまよう困難な環境でもシステマティックにバイキング船を運用する契約自由民集団を彼らは作り上げたのだ。それがノルマン=コンクエストを可能にし、イングランド王国のマグナ=カルタに繋がり、イギリス立憲革命やアメリカ合衆国憲法の理念として発展し、日本国憲法に受け継がれた。つまり、立憲主義を破壊する法律というためには、個人の自由が直接に具体的に侵害される法律でなければならない。今回の法案を憲法違反と主張するのは自由であるが、立憲主義を破壊するとまで主張するのは明らかにおかしい。憲法学者の中には、長谷部恭男先生のように立憲主義をよくいえば大胆に現代風に読み替えて新風?を巻き起こしていらっしゃる方もおり、そんな新しい立憲主義概念からみれば、立憲主義破壊といえなくはないようだけれど、とても人口に膾炙する見解とはいえない。日本の憲法学会だけで通用する特殊論だと思う。

どちらにしても今回の法案を合憲違憲論で語るのはあまり生産的とは思えない。重要なことは国際環境の急激な変化に日本がどのようにたち振る舞い、国民の自由と豊かさを保持していくかであり、そのリアリティの前で憲法論ばかり論じるのは空しいどころではなく危険である。日本の国際政治はTPP参加によって環太平洋の自由貿易圏を中心にその豊かさを享受して行く方向へとすでに舵を切っている。中国経済はどんなに手練手管で誤魔化していてもバブルであり、大量の潜在的不良債権が積み重なっており、経済の回転が滞ったときにいったいどれだけの債務が不履行になるのか想像を絶する。そこで起きるのは信用収縮などという生易しい事態では済まないだろう。共産党は正当性を失い、実質として政府紙幣である人民元は紙切れになる。大陸の物流は止まり、中国史において定期的に起きる軍閥の内乱状態に陥る危険が高い。ヨーロッパは統一されたドイツの封じ込めのために、統一通貨ユーロによる統合にこだわるが、理論上うまくいかないのは明らかであり、いずれやってくるユーロ破綻の後の混乱も想像するに恐ろしい。歴史や経済の視点から見ればユーラシア大陸全体がすでに何が起きてもおかしくない火薬庫になっている。日本の安全に責任ある立場にあれば、生き残る道はアメリカを中心とした環太平洋経済圏への密接な参入であり、その自由貿易圏の保全のために日本の防衛力を機能させる仕組み作りが不可欠と考えるのは自明だ。

グローバル化が進む中で、自由の実現の担い手は近代立憲国家だけではもはや無理である。民主政の衆愚政治化への歯止めとして立憲主義は実践や経験を超え理論として立ちあげられ近代憲法が機能してきたが、国境を越えて飛びまわる金融市場の声に各国が翻弄されていることからみてとれるように、多数決の暴挙は国境を超える時代だ。近代国家内部で通用する平和憲法にしがみついていては、わけが分からず、気が付いたら戦火の中という状況になりかねない。我々が求めるべきは国内だけに通用する立憲主義ではなく、地球規模で機能する立憲主義であり、その実現のためには国際自由貿易圏の安全保障に高度なレベルで参加することによる国際社会での政治的発言権が必要である。そんな発言権は不要であり、日本の防衛力を国際社会に提供する必要などないというのであれば、それはあまりに現実をみておらず、何も考えていない証拠だと思う。それは無垢なのではなく不真面目と非難すべきなのだ。日本国憲法は法である。そして法は米国憲法史が生んだ稀代の法実務家ホームズ判事が喝破したごとく論理ではなく経験なのだ。その事実の前に伽藍のような法の論理的整合性にこだわる憲法学者の無思考は狂気にみえる。彼らがやっているのは思考ではなく推論にすぎない。推論は自由でなくファシズムをもたらす。

今回の安保関連法案で議論すべきは、ユーラシア大陸で起きうる混乱に不必要に巻き込まれず、かつ環太平洋の自由で安全な貿易圏の構築に、日本の防衛力を適切に提供できる政治判断が可能な法案かどうかだと個人的には考えるのであるが、衆議院の議論をみるにとてもそんなことを判断するに役立つ議論が参議院でなされるとは思えない。大丈夫かな。
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posted by あれるげん at 20:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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