2013年08月25日

書評:ウィリアム=デイビス『小麦は食べるな!』日本文芸社

私にはアトピー克服経験がある。アトピー克服において「植物油脂を断つこと」と「たんぱく質の取り方を変える」ことが重要だった。「たんぱく質の取り方を変える」を具体的にいえば、米の品種を変えることや強力粉を避けることなどだ。

米にはたんぱく質が含まれているが、私はコシヒカリなど品種改良が進んだお米のたんぱく質をきちんと消化できない。アミノ酸にまで分解する前のペプチド状態で体内に取り込んでしまう。食材の生命情報が残ったまま体内に取り込んでしまうため免疫が反応しアレルギー症状となる。品種改良が進んでいない古代米に近い「ゆきひかり」という品種に変えたところアトピーが出なくなった。

強力粉も同じだ。小麦粉に含まれるたんぱく質を消化できない。薄力粉ならば症状が出てこないが、強力粉を食べるとアトピーが現れる。それだけではない、私はたびたび寝ている時に金縛りの症状に悩まされていたが、強力粉を排除するようになった後には全くそれがなくなった。ときどきパンに挑戦してみるが、決まって数日後に金縛りに苦しむ。小麦も米と同じく品種改良によっておかしくなっているに違いない。アトピー克服経験からそう考えていた。

そんな折、新聞の広告で本書の存在を知った。書かれていることは、小麦の品種改良によってたんぱく質が変化し、人類が長年食してきた小麦と全く違う小麦になってしまっていることと、炭水化物摂取による血糖値上昇の危険性を訴えて低炭水化物食を進めるといった内容だ。特に小麦の全粒粉による血糖値上昇は半端ないという。

まさにわが意を得たりといった内容だ。近年遺伝子組み換えの危険性は盛んに訴えられているが、それ以前に行われた人工的な交配による品種改良の安全性は問題視されていない。それはおかしい。米も小麦も遺伝子組み換え以前からとっくに人類に合わない作物に変わってしまっている。

品種改良による小麦やお米のたんぱく質変化と植物油脂の過剰摂取はアトピーだけでなく現代増加傾向にある病気の大半の原因になっているのではないだろうか。アトピーは病気でも何でもなく、正常な免疫反応であり、狂っているのは我々の食糧だ。近年のアレルギー患者の増加は我々の食べているものはおかしいという免疫からの警告に違いない。

アトピーは病気ではない。アトピーになる人の方がむしろ正常なのだ。


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posted by あれるげん at 14:35 | Comment(4) | TrackBack(0) | アレルギー対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月23日

ご皇統とは日本そのもの

女系天皇容認論というのがある。正直言ってさっぱり分からない。特にご皇統の男系保持論に対して男尊女卑だという主張すらある。意味がさっぱり分からない。

ご皇統とは男系で紡いできたものであり、どんなに少なく見積もっても天智天皇から1000年以上にわたってずっと続いてきた伝統だ。個人的には舒明天皇からは確実に紡がれていると思う。もしかしたらもっともっとずーっと長いかもしれない。それを壊すことを容認するという。一体何様のつもりなのだろう。人間の価値観は時代とともに変遷していく。そんな中で1000年以上もご皇統を守り続けてきたというのは奇蹟に等しい。その恐ろしいまでの奇蹟性を女系容認論者は理解しているのだろうか。現代の我々がそれを壊すということの恐ろしさを分かっているのだろうか。

そもそも人間の知恵が理解していることなど、ちっぽけなことでしかない上に、その理解できていることですら、ある視点を偶然的に設定した上でのとりあえずの理解に過ぎない。1000年以上ご皇統が紡がれてきたという一つの確かさがある中で、我々が現代の価値観に縛られた状態でこれを壊してよいと判断する。これはあまりに傲慢すぎる。

また、ちっぽけな知恵をフル稼働させても、やはり女系容認論はおかしいと思う。古代史を学んでみてつくづく感じたのは「ご皇統=日本そのもの」なんだなということだ。「日本」という国号には大陸と我々は違うという意志が込められている。大陸には易姓革命という思想がある。大陸を支配している王朝に徳が失われた場合、新しい徳のある王朝が現れて入れ替わり、王朝の姓が替わる。ゆえに易姓だ。この思想により誰でも大陸に覇を唱えることが可能とされ、下剋上の闘争状態を容易に生み出す。そんな血ぬられた大陸とは一線を画そうという先人の知恵が、男系一本でご皇統を紡ぎ、天皇は姓を名乗らないという仕組みなんだと思う。大陸とは違う独立した世界として「日本」は立ちあげられ、その思想の核は男系でご皇統を紡ぐということに表現されている。これを放棄するということは日本そのものの独立性を放棄することに等しい。

現代の価値観はいつまでも続かない。つまり近代国民国家としての「日本」はそう長くはない。国境を飛び越えるグローバル化が進む中で、下手をすると100年続かないかもしれない。現状はインターナショナル(国際化)などという生易しいものではなく、国境をなくして行こうと突き進んでいるのだ。そんな中で独立した文化圏として日本という枠組みを守っていきたいのだとしたら、ご皇統の1000年以上にわたる伝統の重みなくしては不可能だ。むしろご皇統という具体的伝統が核として存在していることが、他の文化圏とは違う日本という文化圏の保持を容易にしてくれるはずだ。それを積極的に放棄することは決して賢いことではない。愚かすぎると言っていいだろう。

側室制がない中で男系保持は不可能だから、女系を容認すべきという論もおかしい。ご皇統を遡れば、そこに繋がる男系の血統の方々はそれなりにいる。記紀が正しいとすれば、継体天皇は応神天皇まで五代さかのぼってご皇統と繋がるお方だ。そこまでさかのぼっても男系を保持しようとした先人の思いを現代の我々が踏みにじってよいはずはない。継体天皇の話が事実でないとしても、男系でご皇統を紡ぐというルールは何としてでも守るべしという記紀を編纂した人々の思想を重く受け止めるべきだろう。一度俗世間にまみれた方が天皇になることは認められないという主張も聞く。しかしご皇統を男系で紡ぐというルールに優先するルールなど存在しえないのだから、そんな主張は全く理が通らない。たとえ10世代遡っても男系で紡ぐというルールは保持すべきものだと思う。男系で紡がれたご皇統というのは「日本」そのものなのだから。

ご皇統を男系で紡ぐというのは1000年以上も続く伝統であり、その事実の存在は重い。それを覆すという判断は我々には一切許されないと言っていいと思う。今上天皇のご意志ですらそれを曲げることはできない。なぜなら今上天皇は、男系で紡がれたご皇統のルールの上にのってはじめて天皇陛下として存在しうるのだから。言ってみれば、ご皇統とは古代日本版「法の支配」なのだ。そして1000年以上続いている伝統を持つ法の支配である。男系保持か女系容認かは本来議論の余地すらない。それを議論できると思ってしまうこと自体がご皇統と天皇となにより日本という存在について根本的に誤解している証拠だと思う。
タグ:ご皇統
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posted by あれるげん at 20:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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